■トネリコ(Fraxinus japonica)
かつてトネリコは「秦皮」という漢字で表されました。その樹皮を水に浸すことにより得ることのできる液体は、眼病に効くと言われています。古くから田んぼを囲むあぜ道に植えられ、刈り取った稲を掛けるために利用されてきました。ヨーロッパでは、同じくトネリコ属の「セイヨウトネリコ」についての記述がよく見られます。
■ヨーロピアンアッシュ(Fraxinus excelsior)
画像7:ヨーロピアンアッシュ立ち木

画像7:ヨーロピアンアッシュ立ち木
前述の「セイヨウトネリコ」の他、イングリッシュアッシュ、フレンチアッシュなど、産地を冠して呼ばれることもある、欧州産のアッシュ材です。すぐれた柔軟性を有しており、それを示すように、立ち木の中には曲がったりねじれたりしているものが見受けられます。
基本的には明るい色をしていますが、ドイツ、フランスなどの一部地域では、心材が深みのある暗色をしているアッシュが採れることがあり、その材は特別に「オリーブアッシュ」や「ブラウンアッシュ」などと呼ばれます。辺材は、産地によって、真っ白なものから黄色やピンクがかっているものまであります。
■ホワイトアッシュ(Fraxinus americana)
アメリカトネリコ、アメリカタモなどとも呼ばれる、北米産のアッシュ材です。野球のバットとしての用途が有名ですが、エレクトリックギターなどの楽器の材料として利用されることもあります。その強さと弾力性のため、古くから重宝されてきました。
北米産のアッシュではホワイトアッシュが有名ですが、他にブルーアッシュ、グリーンアッシュ、ブラックアッシュも存在します。中でも水辺に生育するブラックアッシュは、水が凍る冬場にしか伐採できないこと、加えて元来の生育量が少ないことから、希少価値の高い材として知られています。
スポーツとタモ・アッシュ材
前述の通り、さまざまなスポーツ用具にタモ・アッシュ材が使用されています。例えば、野球のバット、テニスやバトミントンのラケット、スキー板、ホッケーのスティック、ビリヤードのキューなど、タモ・アッシュ製の用具を使用している(もしくは過去に使用していた)スポーツを挙げれば数に限りがありません。
特に野球のバットとしては、「野球の神様」と言われる、ベーブ・ルースもアッシュ製のバットを使用していました。イチロー選手も、日本では国産のタモ材を、渡米以降は北米産のアッシュ材を使用されていました。しかし現在イチロー選手が使用しているバットは、そのいずれでもなく、より堅い、メープル製です。そうした変遷の背景には、タモ・アッシュ材の良材不足があります。
日本でバットの素材として使用されてきたのは、タモ材の中でもアオダモと呼ばれる種類のものです。特に北海道に生育しているアオダモはバット用として最適ですが、成長に時間を要する木であるのにも関わらず、計画的な植林がほとんどなされないまま大量に消費され続けてきたため、安定供給が困難な状況に陥っています。イチロー選手のバットも、渡米後一時アッシュ材からアオダモに戻った時期があったのですが、こうした理由により製作が困難であったため、その後メープル材が使われることになりました。なお2000年以降は、NPO法人「アオダモ資源育成の会(
http://www.aodamo.net/)」が設立され、アオダモを残すため、計画的な伐採と定期的な植樹が行われてきています。
北欧神話とアッシュ材
ヨーロッパにおいては、古くからアッシュ材が身近な存在であったようです。それを示すように、神話の世界においては、度々アッシュ材が登場します。
ギリシア神話にはセイヨウトネリコの木の精霊・メリアスが登場します。幼いゼウスの世話をしたうちの一人が、このメリアスという女神でした。
また北欧神話において、最初の人間であるアスクとエムブラは、セイヨウトネリコとニレ(榆)の流木から生み出されたと言われています。さらに北欧神話に登場する、世界を体現している架空の木・ユグドラシルも、セイヨウトネリコのことであるとされています。ユグドラシルは「世界樹」とも呼ばれ、ゲルマンの神々が集まる場所、そしてすべての生き物が生じる場所として描かれています。ドイツの作曲家・ワーグナー(Wilhelm Richard Wagner、1813年5月22日 - 1883年2月13日)が北欧神話から着想した全四部作の大作「ニーベルングの指環」の4作目「神々の黄昏」の冒頭では、以下のように歌われています。
「一人の大胆な神が水を飲みに泉にやって来て 永遠の叡智を得た代償に片方の目を差し出しました そして世界樹のトネリコの木から枝を一本折り その枝から槍の柄を作りました 長い年月とともに その枝の傷は 森のような大樹を弱らせました 葉が黄ばんで落ち 木はついに枯れてしまいました」
北欧神話が生まれたはるか昔の時代から、タモ・アッシュ材が身近な木材であったことが分かる一節です。
神話に登場したり、スポーツ用具に利用されたりと、古くからタモ・アッシュ材は人々に愛されてきました。歴史に裏打ちされた良材を、ぜひお部屋に取り入れてみてはいかがでしょうか。