木材の抗ウイルス・抗菌作用
―木と健康に暮らす―【720 号】

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)の大流行により「新しい生活様式」がスタンダードになりつつある社会の中で、今改めて注目が集まっているのが抗ウイルス・抗菌作用です。身の回りを清潔に保つことは、朝の検温やマスク着用の習慣化と共に、日常の一部となっていくでしょう。ドラッグストアでは、感染症対策として数多くの予防グッズが販売されていますが、実は私達にとって身近な木材にも天然の抗ウイルス・抗菌作用があるのです。今回は、より健康的で快適なおうち時間を過ごす上で役立つ、木材の抗ウイルス・抗菌作用についてご紹介していきます。

木材とウイルス

 木材は、インフルエンザウイルスをはじめとするウイルス感染症に対して一定の抑制効果があることが確認されています。下記、図1にあるように木造校舎と鉄筋コンクリートの校舎を対象にした調査では、木造校舎のほうがインフルエンザによる学級閉鎖の割合が低くなるという結果が得られました。さらに鉄筋コンクリートの校舎であっても、内装材に木を多く使用した場合には、木造校舎と同じくインフルエンザによる学級閉鎖の割合が低くなることがわかっています*。つまり空間に木材を使用したほうが、ウイルス感染症に飛沫感染するリスクが少なくなるということです(当然に全てのウイルス感染症に必ずしも有効かどうかが証明されているわけではありません)。
 これは、木材が持つ「調湿作用」による効果ではないかと考えられます。木材は、空気が乾燥している状態では、材中に含まれている水分を吐き出して収縮し、湿気の多い状態では、空気中の余分な湿気を吸収して膨張します。天然のエアーコンディショナーとして、湿度を調整してくれるのです。インフルエンザウイルスは、高温多湿の環境では生存率が低下することで知られており、気温20°以上、湿度50~60%の環境下で最も生存率が低くなります**。木材の調湿効果でお部屋の中の湿度を保ち、乾燥を防ぐことができれば、ウイルス感染症対策にも繋がります。

*橘田紘洋『木造校舎の教育環境』(2004) 公益財団法人日本住宅・木材技術センター.
**東京都感染症情報センター「インフルエンザニュース 第5号」(参照2020-7-8)
図1:インフルエンザによる学級閉鎖割合
出典:橘田紘洋『木造校舎の教育環境』公益財団法人日本住宅・木材技術センター,2004 , p.68.


 木材が持つ調湿作用については、以下の記事もあわせてご参照ください。
>ムシムシした湿気を吸ってくれる?!無垢木材の調湿作用と膨張収縮【637 号】


 また、ウイルスが持つ感染力の持続時間について調べた実験では、図2~4のとおりヒノキ材が、ゴムやペットボトルなどの物質に比べ、素早くウイルスの感染力を低下させることが確認されています。単純ヘルペスウイルス、インフルエンザウイルス、ポリオウイルスという3種類のウイルスを付着させたところ、ペットボトルとゴムに付着させたインフルエンザウイルスとポリオウイルスは20分経過しても当初の感染力を維持したままであるのに対し、ヒノキ材に付着させたウイルスは3種類全てにおいて10分経過した時点で感染力が減少する様子が見られました。これは、材の撥水性の有無による違いではないかと示唆されています。ヒノキ材をはじめとする木材は、ゴムやペットボトルといった水を弾く物質とは対照的に、水分を吸い込み乾燥させるという特徴を持ちます。ウイルスが付着した部分の水分が乾燥する速度に比例して、ウイルスの感染力の持続時間は短くなる傾向にあるのです***。
  ウイルスの主な感染経路としては「空気感染」「飛沫感染」「接触感染」などが挙げられますが、このうち「接触感染」はウイルスが付着した場所に触れた手で、鼻や口といった粘膜を触ることが原因での感染を指します。ヒノキ材のようにウイルスの感染力を素早く減少させてくれる材を身の回りに使用することは、こうした接触感染を防ぐ上で有効であると言えるでしょう。

***辻本和子,西出充徳,森下順子,吉田穣,小山一「学童の生活環境を汚染したウイルスの感染性の時間変化の解析」『信愛紀要』2013、第53号、pp.81-84.

            〈○;単純ヘルペスウイルス△;A型インフルエンザウイルス■;ポリオウイルス〉
図2:ペットボトル上で回収されるウイルスの感染価****の減少/図3:ゴム材上で回収されるウイルスの感染価の減少
図4:ヒノキ材上で回収されるウイルスの感染価の減少<br><small>出典:辻本和子,西出充徳,森下順子,吉田穣,小山一「学童の生活環境を汚染したウイルスの感染性の時間変化の解析」『信愛紀要』2013、第53号、pp.81-84.</small>
図4:ヒノキ材上で回収されるウイルスの感染価の減少
出典:辻本和子,西出充徳,森下順子,吉田穣,小山一「学童の生活環境を汚染したウイルスの感染性の時間変化の解析」『信愛紀要』2013、第53号、pp.81-84.
****感染価…感染性を持ったウイルス量を定量的に表したもの

木材と菌

 木材はウイルスだけでなく、菌に対しても増殖を抑制する作用を持ちます。これは木材に含まれるフィトンチッドと呼ばれる物質による効果です*。フィトンチッドは、森林浴の際に感じられる森の香り成分を意味する言葉として用いられることが多いですが、厳密には香り成分そのものを示すものではありません。フィトンはギリシャ語で「植物」、チッドはラテン語で「他の生物を殺す」を意味することからもわかるように、本来は植物が細菌やその他の生物から身を守るために放出する揮発性物質を総称する言葉でした。自分の意思で動いたり逃げたりすることができない植物が、厳しい自然界を生き抜くために生み出した抗菌作用や防虫作用を持つ物質。それがフィトンチッドなのです。
 フィトンチッドとされる物質としては、β-ツヤプリシンやα-カジノールなどのテルペン類と呼ばれる有機化合物が挙げられます。このテルペン類の中には、さらにモノテルペンやセスキテルペンといった様々な種類の有機化合物が存在し、このうちモノテルペンに分類されるものが主に木の香りを放つ成分であると考えられています。

*大平辰朗「森林の癒し効果を担う森林の香り」『におい・かおり環境学会誌』2010,41巻,pp.188-196.


ここからは、成分別にその効能と樹種の特徴をご紹介していきます。



■フィトンチッドの代表格ヒノキチオールを含む青森ヒバ
 抗菌作用を持つフィトンチッドの代表格とも言えるのがヒノキチオールです。別名β-ツヤプリシンとも呼ばれるこの物質は、台湾ヒノキや青森ヒバといった木に含まれており、様々な微生物に対して非常に強力な抗菌作用を持ちます。現在では、水虫を引き起こす白癬菌や院内感染の原因菌である黄色ブドウ球菌、大腸菌O157に対しての抗菌性が確かめられています。実際にヒノキチオールを含む精油で床を掃除した病院では、黄色ブドウ球菌の繁殖抑制効果が認められたとの報告*もあります。
 このヒノキチオールを多く含む樹種が青森ヒバです。ヒバという木には、地方によって様々な呼び名がありますが、青森ヒバは「ヒノキアスナロ」とも呼ばれる北の地方で採れるヒバのことで、1966年に青森県の“県の木”にも制定されています。昔から「青森ヒバで家を建てると3年間は蚊が入らない」と言われるのは、青森ヒバに含まれるヒバ油の中に、ヒノキチオールをはじめとする抗菌作用や防虫作用を持つ物質が豊富に含まれているからです。さわやかな香りと強力な抗菌作用を持つ青森ヒバを住まいに取り入れれば、さらに快適な空間を作り上げることができます。

*福井徹,菊池謙,96’日本MRSシンポジウムD講演要旨集,1996,p.217

画像1:青森ヒバ施工例

 青森ヒバについては、以下の記事もあわせてご参照ください。
>青森ヒバ パネリング―目に見えない不思議な効能―【671 号】

【製品情報】
>青森ヒバ 無垢パネリング



■抗菌性・耐久性に優れ伝統的に愛されてきたヒノキ
 古くから法隆寺をはじめとする歴史的建造物に使用され、日本人に愛されてきたヒノキも抗菌作用があることで有名です。しかし、実は国産のヒノキには先ほど登場したヒノキチオールはほとんど含まれていません。国産のヒノキが持つ抗菌作用は、その材中に含まれるα-カジノールやT-ムロロールといったセスキテルペンによるものであると言われています。特にα-カジノールに関しては、虫歯の原因になるミュータンスレンサ球菌や黄色ブドウ球菌、大腸菌などへの抗菌作用が認められています。
 法隆寺の柱に使われているヒノキは、伐採後1300年が経過しているにもかかわらず、表面を削ればその香りが再び強く香るといった逸話があります。高い耐久性を持つヒノキは長く使えるだけでなく、材の中に含まれる香り成分・抗菌成分も長く保つことができるのです。

画像2:尾鷲ヒノキ施工例

 日本三大人口美林として名高い尾鷲ヒノキの産地である三重県尾鷲市では、富山大学大学院理工学部研究部(理学)の田中大祐教授と尾鷲ヒノキを用いてその抗菌性を確かめる実験を行っています。ヒノキありのシャーレとヒノキなしのシャーレに、それぞれ細菌・真菌を加えたところ、どちらにおいてもヒノキありのシャーレのほうが菌の生育を阻害できるという結果が得られました。前述した黄色ブドウ球菌や大腸菌は細菌、白癬菌などのカビ類は真菌に分類されます。

図5:尾鷲ヒノキの細菌に対する効果/ 図6:尾鷲ヒノキの真菌に対する効果
出典:尾鷲市水産農林課「尾鷲ヒノキ『ヒノキ香る』効果パンフレット」(2019).


■生活に根差す日本の木、スギ
 日本人にとってなじみ深いスギも、実は抗菌作用を持っています。スギと聞くと花粉症の原因というイメージをお持ちの方も多いかもしれませんが、木材自体には花粉は含まれていないため、心配はいりません。むしろスギの木には、セドロールやβ-オイデスモールといったセスキテルペンが含まれており、健康作用をもたらしてくれるのです。セドロールはリラックス効果を与え、β-オイデスモールは食中毒菌や黄色ブドウ球菌に対して抗菌作用を発揮することが知られています。
 スギの木は、その香りの良さから伝統的に日本酒造りにも活用されてきました。お祝いの席などでよくみる酒樽も、スギの木でできています。スギの樽を使用することで、日本酒にスギの爽やかな香りが移るのはもちろんのこと、スギが持つ成分が溶け出すことで様々な効果が得られるのです。抗菌作用もその一つとして挙げられます。
画像3:樽酒
 古来より樽酒は火落ちしにくいことが経験的に知られてきました。火落ちとは、貯蔵中の日本酒が白濁して腐造し、味が落ちてしまう現象のことです。この現象は火落ち菌(火落菌)といういく種もの菌によって引き起こされるため、熱を加えることによって殺菌を行いますが、樽酒はこういった熱殺菌を行わなくても火落ちしにくいとされています。スギの赤味部分を添加した清酒と添加していない清酒それぞれに火落ち菌を接種した実験*では、スギの赤味部分を添加していない清酒において火落ち菌の増殖が認められたのに対し、添加した清酒においては火落ち菌の増殖が見られませんでした。これは、前述したβ-オイデスモールなどのセスキテルペンの作用であると推察されます。美味しい日本酒造りにもスギは一役買っているのです。

* 植田典子,西村顕,松下寛,中沢英五郎,三島秀夫「樽材の火落菌増殖抑制効果」『日本醸造協会誌』1988,83巻,pp. 713-714

画像4:天竜スギ施工例

 数ある木材の中でも、特に柔らかくあたたかみを感じられるスギ。天然の抗菌作用と優しい足触りがあれば、長引くステイホーム期間も快適に過ごすことができるのではないでしょうか。

 スギについては、以下の記事もあわせてご参照ください。
>天竜スギ―天竜の自然に育まれる環境にやさしいフローリング―【698 号】

【製品情報】
>天竜スギ 無垢フローリング
>天竜スギ 無垢パネリング


 木は、そのあたたかい触り心地や美しい木目だけでなく、自然界を生きるために身に付けた様々な作用によっても私たちに恩恵をもたらしてくれます。ウイルスや菌への意識が高まる今だからこそ、木が持つ天然の抗ウイルス・抗菌作用を味方につけて、より健康で快適な家づくりを目指しましょう。木に囲まれた空間で、皆様のおうち時間がさらに充実したものになれば幸いです。




【参考文献】
文部科学省「あたたかみとうるおいのある木の学校-早わかり木の学校-」(2007)(参照2020-7-8)https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyosei/mokuzai/1296284.htm
東京都感染症情報センター「インフルエンザニュース 第5号」(参照2020-7-8)
http://idsc.tokyo-eiken.go.jp/flu/news/1998-2002/n05/
橘田紘洋『木造校舎の教育環境』(2004) 公益財団法人日本住宅・木材技術センター.
辻本和子,西出充徳,森下順子,吉田穣,小山一「学童の生活環境を汚染したウイルスの感染性の時間変化の解析」『信愛紀要』2013,第53号,pp.81-84.
東京大学 保健センター「感染の方法」(参照2020-7-8)
http://www.hc.u-tokyo.ac.jp/covid-19/infection_route/
大平辰朗「森林の癒し効果を担う森林の香り」『におい・かおり環境学会誌』2010,41巻,pp.188-196.
岡村大悟,鮫島正浩,谷田貝光克「樹木の精油成分とその抗菌活性」『木材保存』2002,28巻,pp.224-235.
谷田貝光克「森の香り・木の香り その正体と働き」『におい・かおり環境学会誌』2007,38巻,pp.428-434. 
岡部敏弘,小野浩之,小舘澄枝「青森ひば材からの樹木抽出成分『青森ヒバ油」-ナノヒバ油のミスト分散による抗菌・防虫技術の開発-』『におい・かおり環境学会誌』2012 ,43巻,pp.128-137.
今村博之,安江保民,岡本一,横田徳郎,後藤輝男,善本知孝(1983)『木材利用の科学』共立出版株式会社
谷田貝光克「4.におい感覚と木材」『材料』1997,46巻,pp.1222-1227.
尾鷲市水産農林課「尾鷲ヒノキ『ヒノキ香る』効果パンフレット」(2019). (参照2020-7-8)
https://www.city.owase.lg.jp/contents_detail.php?co=cat&frmId=9395&frmCd=34-13-3-0-0
植田典子,西村顕,松下寛,中沢英五郎,三島秀夫「樽材の火落菌増殖抑制効果」『日本醸造協会誌』1988,83巻,pp. 713-714
松永恒司「樽酒中の成分の同定とその健康増進効果」『日本醸造協会誌』2002,97巻,pp.744-750.
上堀美和子,伊藤耕志「スギ材設置室内におけるテルペン類の調査」『大阪府環境農林水産総合研究所研究報告』2010,pp.1-5.